夏目漱石のあまり知られていない7編☆彡『夢十夜』が好きな人にオススメ☆彡

倫敦塔・幻影の盾 他五篇 (ワイド版岩波文庫)

倫敦塔・幻影の盾 他五篇 (ワイド版岩波文庫)

・倫敦(ロンドン)塔
・カーライル博物館
・幻影(まぼろし)の盾
・琴のそら音(ね)
・一夜
・薤露行(かいろこう)
・趣味の遺伝

の七篇からなる短編集。
『猫』や『坊ちゃん』が漱石の「陽」的な面を代表する作品ならば、本書は「陰」を表するものでしょう。取り分け「倫敦塔」には一貫して死を臭わせる雰囲気が漂っている。…暗い!とりあえず、ひとつひとつ、感想書いていきましょ。

「倫敦塔」
漱石がイギリス留学中に見学したロンドン塔を、回想したエッセイ。
…病んでたね…(笑)漱石先生がイギリスで神経症に悩まされてたのは有名ですが…。ま、作者のバックグラウンドのことは置いといて。ロンドン塔を中津とするイギリスの血塗られた歴史…死のイメージ、悲劇を幽玄に描き出している。作中に「現在のイギリス」は殆ど無い。過去の映像を妙に生き生きと…(それは漱石の想像によるものだけど)…無気味に綴っている。一度の見学だけで斯くまで妄想をリアルに発展させ、それを文章に反映させられる漱石先生は凄い。

「カーライル博物館」
イギリスの評論家・歴史家であったトーマス・カーライルが嘗て棲んだ庵を訪ねた漱石。ロンドン塔より遥かに気楽に書いています。話が飛び火しちゃうんですけどロンドン留学中の漱石が、親友の正岡子規に宛てて書いた『倫敦消息』に出て来る
ベッジ・パードンという女性と、『カーライル博物館』の管理人の女性に妙にコミカルな共通性を見出してしまうのは私だけ?
倫敦消息は、後年の『猫』を思わせる要素満載でじつに愉快なエッセイですので、色んな人に読んでもらいたい。

「幻影(まぼろし)の盾」
クララ、と聞くとハイジのあれを思い出す(あ、関係ないすね。)漱石ロミオとジュリエット。仲違いする両家の騎士と姫君の物語。これも「倫敦塔」に習い、現実と空想との境が甚だ曖昧で、しかしそれ故に幻想的かつ詩的な雰囲気を帯びている…う、結局ウィリアムは盾の効力による本人の妄想?の中でクララと結ばれたの?よくわからんですけど、判然としないのもまた一興。

「琴のそら音」
幽霊は、存在するのか、しないのか?
その存在を否定していたはずの幽霊も、身内の心配をすると本当にいるような気になってくる、ありもしない迷信もまことのように聞こえる──人間の意識って不思議ですよね。極楽坂〜切支丹坂にいたるあの、不気味な、薄暗く塗れたイメージは、読み手にもたいへんな恐怖を与えていると思います。でも、まぁ全体的に見たら「ほのぼの」かな?いやラストが…

「一夜」
う〜〜〜〜んこれは、感想がひじょうに書きづらい。ストーリーと呼べるストーリーは無いです。『夢十夜』みたいなかんじ。
漱石先生も、ただ筆にまかせて好きなように書いたつもりなんでしょうねえ、禅問答とか私には一寸理解しかねる。
しかし、とても叙情的でうつくしい作品でした。まるで絵画のよう。
「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」
「蠨蛸懸不揺(ショウショウかかってうごかず)篆烟遶竹梁(てんえんチクリョウをめぐる)」
私はこのシーンが特に好き。蜘蛛が蓮の葉にぶらさがっている、女が香を焚いている、なんと優美じゃありませんか。

「薤露行」
「マロリーの写したランスロットは或る点において車夫の如く、ギニヴィアは車夫の情婦のような感じがある。」…という前書きで漱石先生がおっしゃるような視点でもってアーサー王物語を解剖した結果、この短編が出来上がりました、という内容でした(なんか判り難い)。漱石先生の言うマロリーの「アーサー王」を私は読んだことがありませんので、この作品と原作を比較して書くことはできませんが、嫉妬にかられるギニヴィア王妃にはかつてアーサー王とはじめてあった瞬間の処女(…だったのかな?)の清楚は無く、恋にとらわれた人間の哀しいあがきがそこに垣間見られるのでそら恐ろしくもあり、また深い味わいがある。

「趣味の遺伝」
表題の趣味とは、男女間の相愛の趣味のことだそうです。前半部が無駄に長く、後半の謎解きにかかる(物語が本格的に動き出す)いわゆるテイクオフに時間がかかっているのは気になりましたが、漱石先生の『マクベス』の解釈はとっても興味深く読みました。諷語についてです。
とりわけ共感を得たのは

「毒蛇の化身即ちこれ天女なりと判断し得たる刹那に、その罪悪は同程度の他の罪悪よりも一層怖るべき感じを引き起す。」

という文章で、今、同時平行で読んでいる滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』…(原文で読んでます)…における「毒婦」、たまづさや舟虫などのキャラクターを卒然思い出したのはまったく漱石先生の解釈による諷語に当てはまるに違いないからです。